オノマトピア — 擬音語大国にっぽん考
桜井順
岩波書店 (2010/07 出版)
255p / 15cm / 文庫判
ISBN: 9784006021702
「オノマトペ=擬音語」と「ユートピア=理想郷」の合成語「オノマトピア」。その妙味を、古事記から現代文学までを題材にした捻りの効いたエッセイと音声学や言語学に基づくガクモン的考察で解き明かす、抱腹絶倒の批評集。
■編集部からのメッセージ
桜井順さんはCM作詞・作曲家で,1960年代中頃から活動を始め,資生堂やサッポロビール,エースコックなど有名企業のCMがよく知られています.なかでも富士フィルムの「私でも写せます」(フジカ・シングル8),「お正月を写そ
フジカラーで写そ」のメロディーは多くの人にとってなじみ深いものと思います.この他,野坂昭如さんのために書いた『黒の舟唄』『マリリン・モンロー・ノー・リターン』などの曲は1970年代から80年代にかけて若者を中心に圧倒的な支持を得ました.
桜井さんはCMの作詞・作曲に携わりながら,短時間のうちに強いメッセージを届けるためにはオノマトペ(擬音語・擬態語)が重要であることを長年強く意識し,古今の文学作品や新聞,テレビで特徴的な語句や表現を集め,独自に分析してきました.そしてその成果を電通の季刊誌で発表したり,また独特の感性を発揮したショート・エッセイをまとめて『オノマトピア——擬音語大国にっぽん考』と題して,電通から1986年8月に刊行しました.
本文庫はこれらを土台に,最近の事例にも題材をとった文章を加えた文明批評のエッセイ集です.
「オノマトピア」とは「オノマトペ=擬音語」と「ユートピア=理想郷」を,多分に反語的意味合いをこめて合成した,桜井さんの造語です.豊かなオノマトペがなかったら,日本語の表現能力は五割ガタ落ちになる,特にCMコピーでは,と桜井さんはいいます.例えば「ピッカピッカの一年生」.一年坊主のゲンキ,シアワセ,ハシャギぶりを「ピッカピッカ」を使わずにこれだけイキイキ表現できるかと問いかけます.
第一・二部では目次に示されたような「文学・芸能」と「社会・風俗」に関するオノマトペを取り上げ,桜井さん独自の捻りの効いた短いエッセイが続きます.ここでは自由に想像力をめぐらし,オノマトペの効果とともに「語呂合わせ」「シャレ」「言葉遊び」の効果が語られます.それはCM批評の範囲に止まらず,広く文明批評の域に達しているといっていいでしょう.
第三部は電通発行の季刊誌に書いた連載の文章です.日本の古典から,新聞,俳句,楽器のオノマトペ(口演=くちだて)までを題材に独自の考察をし,言葉は自らのうちに肉体の記憶を持っており,オノマトペとは,視覚・聴覚・味覚・臭覚,触覚全てと体性感覚を加えた全感覚器を動員して対象を自分の体の中にとらえようとする人間の本能の働きであると主張しています.
言葉から意味をはぎとり,言葉の肉体性を表現するオノマトペ——それは日本語を豊かにする源泉であることが本書によってよく分かることと思います.
(T・H)
■桜井 順(さくらい じゅん)
1934年東京麻布に生まれる.57年慶応義塾大学経済学部卒業.CM作曲家.CM約三千本を作成.他に野坂昭如『黒の舟唄』『マリリン・モンロー・ノー・リターン』,五木ひろし『酒・尽・尽』,童謡『とんでったバナナ』などの作品がある.著書は『CM詩集《毒》』(思潮社),小説『日の丸病院』(話の特集)など.筆名能吉利人.
本書の第一部・第二部は『オノマトピア——擬音語大国にっぽん考』(電通,1986年8月)に大幅に加筆したものである.第三部は『季刊クリエイティビティー』1971年冬号−72年冬号(全5回,電通)に連載した論文に補筆したものである.
■目次
まえがき
第一部 文学・芸能オノマトペ
浅野いにお「ソラニン」
アーサー・ビナード「日本語ぽこりぽこり」
石川啄木「たんたらたら」
岩井志麻子「ぼっけえ,きょうてえ」
江國香織「きらきらひかる」
大橋巨泉「ボインボイン」
岡本一平「トンカラリ」
岡本かの子「ざっくり」
織田作之助「ぽかぽかぺんぺんうらうらうら」
小田実「チョボチョボ」
開高健「チ・チ・コニャック・ボク・ボク・ソーダ」
片岡敏郎「フモカ」
金子光晴「シャボリシャボリ」
北大路魯山人「パチパチプツプツ」
北尾トロ「ぶらぶら ヂンヂン」
北島三郎「はるばる来たぜ函館へ」
喜多條忠「小さな石鹸カタカタ鳴った」
北原白秋「ナニヌネノ」
草野心平「ギギギギ」
葛原しげる「ぎんぎんぎらぎら」
黒柳徹子「チャック」
軍歌「コチコチ」
古事記「コヲロコヲロ」
小林一茶「ひらひら」
子守歌「バッサラ」
西東三鬼「キューンキューン」
坂口安吾「ジロリ」
志村ふくみ「ちよう,はたり」
鈴木志郎康「プアプア」
相対性理論「ルネサンス」
竹内浩三「ひょん」
太宰治「トカトントン」
田中小実昌「ポロポロ」
谷岡ヤスジ「アサー」
辻潤「ですぺら」
寺島尚彦「ざわわ ざわわ ざわわ」
寺山修司「カンカン」
ドナルド・キーン「キーン」
中上健次「キンジニヤニヤ」
中島らも「せんべろ」
中村千栄子「ツッピン」
ねじめ正一「ミドロフシドロ」
野坂昭如「ジンジンジンジン血がジンジン」
林真理子「ルンルン」
伴淳三郎「アジャパー」
ベートーベン「ダダダダーン」
堀口大学「ぽこぽこ」
巻上公一「〆▼*‡◎§〓?」
町田康「ぎゃあああああああああああっ」
三木トリロー「ワ・ワ・ワ」
水上勉「おんどろどん」
水木しげる「ゲゲゲ」
三橋鷹女「きしきし」
三保敬太郎「ダバダバダ」
宮沢賢治「オロオロ」
向田邦子「あ・うん」
村上鬼城「うとうと」
山口謡司「ん」
吉岡治「くらくら燃える」
和田誠「オフ・オフ・マザー・グース」
第二部 社会・風俗オノマトペ
あ,あん,ふう,ふん,ぱっぱっ,もじゃもじゃ
イッキ
オッペケペ
ザ・ギンザ
ジャンケンポン
ズキズキ
チョメチョメ
チンチン
トコトン
ネ・サ・ヨ
バァー
パチンコ
ハヒフヘホ
パンパン
ピカドン
ピンポン
ブギウギ&ジャズ
ぶらぶら
ホッカホッカ
マリリン・モンロー
ヨーヨー
付録 オノマトペな一日
第三部 オノマトペのガクモン的考察
第一章 日本文学にあらわれたオノマトペの変遷(一)
——神話の時代から鎌倉時代まで——
まえがき風に
奈良時代
平安時代
鎌倉時代
第二章 日本文学にあらわれたオノマトペの変遷(二)
——室町時代から江戸時代まで——
室町時代
江戸時代
第三章 俳句と新聞のオノマトペ
俳句のオノマトペ
新聞のオノマトペ
第四章 オノマトペ成立の条件
オノマトペとはなにか
擬態語とはなにか
発音器官とはなにか
新生児の発音の学習
唇とはなにか
舌とはなにか
歯とはなにか
鼻とはなにか
音韻解剖図絵
第五章 楽器のオノマトペ(口演)
音楽と肉体
三味線
箏
琵琶
ギター
大皷(おおかわ)
小鼓
太鼓
タブラ
あとがき